百韻「夏つばめ」の巻
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 猫歌仙にもご登場の佛淵健悟さんが百韻をかなり巻いていらっしゃるので、めぎつねも、百韻のお仲間にいれていただきました。そのご報告です。2000年6月末から十一月なかばまでかかっています。その間に私はロシア、小箔さんはイタリアへ旅行したり、のんびりとしかしとっても楽しい旅でした。健悟さんがツアーコンダクターですが、連衆は連句について一家言のある面々。式目や作法などは作者の意思を尊重して、話し合い、最後は健悟さんにまとめていただきました。
 歌仙よりゆるやかな流れなので、私は長い長いKUSARI連句にも通じる自由度を感じましたが、KUSARIの皆さんはどうかんじられるでしょうか。(藍)
百韻の構成(懐紙4折 四花七月)

初 折 計 22句 表8句  月の座 裏14句 月の座・花の座
二の折   28句 表14句 月の座 裏14句 月の座・花の座
三の折   28句 表14句 月の座 裏14句 月の座・花の座
名残の折   22句 表14句 月の座 裏 8句      花の座

連衆と 巻きあげ後のコメント・プロフィール(クリックすると全文が読めます)
   佛淵健悟 (ツアーコンとしては、できる限りズボラを決めこんだーーー43,仮名遣いの問題はーー)
   明坂小箔 (百韻の全楽章を通じての大きな波のうねりがほしかったーーぼくは二の折の表から裏へのあたりが好きです
   浅賀丁那 (百韻船はなんといっても豪華です。なにしろーーー
   水澤魚乙 (二の折の運びが充実しているように思うし、三の表も軽みがあって悪くないと思う) 
   藍 (連句わーるどのめぎつねです。蠍座、♀、B型。)  ☆ふふふ→ 小箔さんの絵はがき、←見て!


百韻 「夏燕」の巻

 

発句 海峡や二十世紀の夏燕          小箔 三夏
 風まっすぐに馬鈴薯の花 健悟 初夏
第三 ビール乾すけふ越してきし人ならむ 丁那 三夏
 何とはなしに訛なつかし         魚乙
窓口にまだ算盤が働いて 
 局長宅は猫が九匹            
はらはらと光梳かれて真夜の 仲秋
 涼新たなり竪琴(リラ)の緒を張る 初秋
今といふ柘榴の透明記憶せむ        晩秋
 キキなんてもう此処にゃいないよ
戦艦はアンドロメダのただ中に
 給油ランプが点滅をして
まったうな補助線はなほ見出せず
 白頭猴に道問ひ申す
民草にはやり病の政            
 先の帝の寵をわがもの
有明の寒さに衾重ねたる  三冬
10  黒い化粧を落とし童顔
11 耳掻は道玄坂の拾ひ物
12   開け荷の底に徒然草も
13 びらを浮かべし風呂は馳走にて 晩春
14   闇深々とうねる春潮               三春

二の折

涅槃西風母の夢見る狂四郎 仲春
 枕の下の硝石の香に
ようやくに金鉱脈の端を当て
  田園調布に家を建てよう      
かき氷食いかた孫に伝授して 三夏
   ことさら暑き八・一五            晩夏
南北に引き剥がされて幾山河
  オリンピックは槍投げで出る
少年よわかき阿修羅のすがしさよ
10  汝の碧のひとみ小函に
11 火の山の又終りなき物語  
12  フルハウスでも降りる要心
13 凩と片割の七番街 初冬
14   バス待つ人の列凍りつき 晩冬
遺伝子のなにちょっとしたミスコピー
  あとからあとから天使堕ちくる        
歯車が軋んでお茶をしに行けば      
 はたらきのよい部下の寝返り
自由への道かそれとも出口なし?
 宇津のうつつに業平の旅
みだれ髪鏡のなかの別の人
 湯気の中でもケータイが鳴る
年の瀬に舞ひもどりたる青い鳥  歳末
10   八面倒な有職家の初春 新年
11 ちと見せて軸に巻き込むおぼろ      三春
12   まけろいえいえまけぬと永日 三春
13 立て膝の弾痕しるき 晩春
14   運ばれてゆく虻のなきがら           三春

三の折

妹は黒いリボンが良く似合い 
 矜恃崩さぬ鷲鼻の向き
三行のメールで離婚告げられて
  夏茸など食ってみるかな       三夏
南麓を覆いはじめた夕立雲 三夏
  人民服で降りるタラップ           
放心の指がつと行く五円ハゲ 
 地下鉄サムも定年近き
聖歌隊募集の広告とっておく
10  林檎色づくころの躁にて 晩秋
11 百舌が鳴くあたしをナンパしてごらん   三秋
12  鋳物工場ののヴィーナス 三秋
13 秀野忌の常連四人五人ほど 仲秋
14  出水の噂まず交しつつ     仲秋
 国境を正午丁度に通過する   
  針葉樹林動くものなし          
 からからと日射しの中の観覧車      
 留学二年キスも身につき         
カウントはラブオールねとほざく奴
 虎の尾ふまぬ周到な質          
核シェルターうす闇にして地震かすか      
  let it be が聞こえる不思議
H氏賞詩人留守がち夏の        三夏
10  柱時計の振り子眠たき 
11 ひとつぶの玉子ぼうろが転がって      
12  よだれのあとを残しはいはい 
13 嫁が乳含ませる控え室
14  あのきらきらは鶴の渡りか   初冬

名残の折

炉開きの趣向思案のひとときに          初冬
 鼻風邪なれど大仰に言ふ 三冬
庶務課には遅刻の多いアルバイト
 会釈魔避けて遠回りする
のたまはく千萬人も畏るなし
 ツインピークの雄姿拝み
雪渓のいづこに友の眠る墓  
 下戸を上戸に思はれて生き
えへらへらナポリターノのアルルカン
10  かすれがちなるこほろぎのうた  三秋
11 今宵の息をのむほど美しき         仲秋
12  栗茹でているかけ落ちの里         晩秋
13 油の匂う画布の全裸は逆さまに 
14  棚に新旧鏡花全集
思ひきりかはいい顔してやるものね 
 狐がコンとなきはしまいか 三冬
冬ざれの田と学校と高圧線 三冬
 鉛筆全て削り終えたる
父の記を書くため生れて来し如く
 白魚の目の見つめるは何 初春
真っ青に底抜けているの天 晩春
挙句  八洲あまねく麗らなる候 三春

 起首 二○○○年六月二六日 満尾 二○○○年十一月十七日


連衆のプロフィールと百韻「夏燕」へのコメント

【水沢魚乙(みずさわ・ぎょいつ)魚座。著書に『山小屋物語』(講談社)、『青木周蔵・日本をプロシャにした男』(中央公論社)、『連句で遊ぼう』(新耀社)などがある。『連句で・・』は明坂小箔らとのFAXによる文音を中心に、連句の初歩と楽しみ方を書いたもの。提唱新形式に7×7折、月花星花の定座のある「宝塚」がある。連句は25年ほど試みているが、所属団体はなく、ジャム・セッションを心掛ける。
【コメント】 FAXによる文音の場合、進行過程において相当内容についておしゃべりをしてしまうので、済んでしまうと、もうあまり言うことはないようだ。また連句というのは出来てしまった作品そのものについて批評のしにくい文芸でもある。つまり、作っているときのきらめきに一番価値がある。と言ってしまうとおしまいなので、しいて言えば、この百韻では二の折の運びが充実しているように思うし、三の表も軽みがあって悪くないと思う
 連衆の佛渕健悟さんはすでにいくつも百韻を巻いているようだが、僕を含め他の連衆にとって百韻ははじめての体験で、初体験というのは文句なくおもしろいのだが、もうひとつつかみ所が分からなかった。各連の性格もなんとなく成り行きまかせだったが、これは、もしかすると、わたりにおいてもっと意図的に、たとえばロマネスク、ピカレスク、フィジカル、メタフィジカル、トラディショナル、リボリューショナル等々の性格付けをして行くことで、別のおもしろさが出てくるのかもしれない。つまり連作小説のようなものである。まあやってみなくては分からないが。


【明坂小箔(あけさか・こはく)】神戸市生まれ。PR誌のエディター、ライターの仕事の中で食の文化史に魅かれ、エッセイストに。著書に『かすてら加寿底良』(講談社)、『卵を割らなければオムレツはできない』(青土社)、『オーヴンからの手紙』(同)、主な執筆書に日清製粉編『小麦粉博物誌』(文化出版局)がある。日本エッセイスト・クラブ会員。
 連句歴わずか7年。手ほどきは友人水沢周(魚乙)から受けた。その水沢の『連句で遊ぼう』(新潮社)には、かつてぼくが連句のレの字から初めて困苦勉励、けなげな成長を遂げていくさまが記録されているので、ご用とお急ぎでない方はどうぞ。
【コメント】 なにも「文台」から引き下ろさなくても、文音百句のファックスがシュルシュルシュルと滑り出てきたあのときに、この百韻はホゴになった。ああでもない、こうでもないとひねくり、自作の付けのどれが採られたかと内心期待するあの最中こそ楽しけれ、宴の歓楽は再び戻らない。
 とはいえ、その反故を読み返す楽しみ、また無きにしも在らず。そこへ発句を受け持たせてもらって「二十世紀の夏燕」なんてシャレてみせることもできたのだから、楽しくないわけがない。加えて連衆は詠みぐせも人柄も知った親しい連友。
 もっともそれはある種の副作用を伴っていたかもしれない。ぜんたいにおっとりと上品で、丁々発止の格闘の跡がない。事実、格闘しなかったのだから。自制が利き過ぎたか。どこかで少しは噛み合う場面があってもよかったか?
 その「おっとりさ」は、しかし、連衆の仲の良さや資質からだけのものだったのか。そうではなくて、百韻という連句形式には、本来そうしたおっとりとした、言葉を換えればなだらかな、いや、起伏に乏しい平板さに陥る危険性が内包されていたのかと、いまになって、ふと気づく。歌仙なら自然につくれる序破急だの起承転結といったメリハリが利かせにくいのだ、いつまでも続く百句では。
 ここで調子を上げてみるかと仕掛けたつもりが、お次に軽くいなされて、そうか盛り上げる潮時はまだだったか、百句もあるんだからなと思いながら、何度かさざ波のようなアレグロを繰り返しただけでいつか終楽章に入っていた。百韻の全楽章を通じての大きな波のうねりがほしかった、とそんな感じがやや残る。
 メリハリということでは季節と恋の味つけにも、もう少し濃さが要ったのではないか。今回は夏や冬の一句捨てが何回かあった。歌仙だと一句でも36分の1,それなりの印象があり、景色の転換にもなるけれど、百韻だとそれが100分の1、影が薄い。百韻の夏、冬は3句続けること、といった百韻用の式目があってもいいのかもしれない。恋もしかり、百韻では恋句は最低5句続けるとか???
 百韻初心者の妄言を連ねること、依って件の如し。
 追伸。どのあたりがいちばん気に入っていたかと問われるならば、
ぼくは二の折の表から裏へのあたりが好きです。
 【浅賀丁那(あさか・ていな)】 猫蓑連句会同人。俳諧(連句・俳句)は三度のままより好き歴10年。そのほかに犬・猫・小鳥好き、月・花、波・雲を眺めることこれまた飽かず。時に山歩きと茶の湯をたしなむ。生業は翻訳・通訳業。もっぱら和語による連句がメインだが、英語連句の可能性も模索中。牡牛座。血液型A型。
【コメント】 百韻船はなんといっても豪華です月七句、花四句詠み込まれるのですから。とにかく四折もあって、実に贅沢な形式です。それだけに、折ごとにどう変化させるか、その辺りが課題かな、というような気がいたします。私自身は、いままでに二十巻ほど百韻の座につらなっていますが、まだそこのところはっきり掴めているわけではありません。四楽章ソナタのようなものも、映画のオムニバス手法のようなものも、面白いように思えたりします。歌仙形式の序破急の呼吸とは、すこし違うかなあ、というのが百韻に対する感想です。まあ、今世紀最後!との思いも籠もった「夏燕」面白かったです。
 【佛渕健悟(ほとけぶち・けんご)鹿児島県出身。猫蓑連句会同人。結社俳句などに20年ほど関わったが、だんだん酸欠気分が昂じて来た平成元年、東明雅『連句入門』そしてその著者と出逢った。この瞬間が私の俳句開眼で、穴から出た蛙が、やわらかい春風と陽光の中にひきだされたような感じがした。俳諧は笑いがゆるされる。〈いま・ここ〉の自分がゆるされる。自分が自由だと感じるとき、自分の中のとっときの言葉が流れはじめる。以後、俳句に対する窮屈な構えも消えた。
  【コメント】 今回は言い出しっぺということもあり、この百韻「夏燕」のツアーコンダクターをさせてもらった。百韻について、時代遅れの形式のような感じ方をされている方がベテラン連句人にもおられるが、そんなことはないと思うのである。確かに、現代人は忙しいし、歌仙でさえ長すぎるのだからもっと短い形式を、というのが連句の世界の暗黙の合意のようになっているけれども、逆にまた、百韻のような“重厚長大 ”形式でなければすくえないものだってあるように思われる。そして実際に百韻をやってみると、表合、半歌仙、歌仙、などとは別種の面白さがある。実地にやってみればすぐに納得されると思う。
 連句は、海図を持たない航海とも、台本のないオペラとも言われる。演者はこの“自由”の前に立ちすくむ。そしてここに式目の恩寵がある。式目をうるさがるうちはこの連句の自由に押しつぶされた経験のない幸せ者と言える。それはきっと捌きに親切にされ過ぎているのかもしれない。突き放されて、内海から外海で出て来た時にこそ、本当のコワさにも本当の歓喜にも出会える。
 ツアコンとしては、連衆にこの“自由”を存分に味わっていただくべく、あまりごちゃごちゃ言はず、できる限りズボラを決めこんだ(と言うとカッコいいが、本来ズボラなのでこれしか出来ないのであった)。4花7月、季節の配分、句数、去嫌、等、「何これ?」というような箇所も特になく満尾できているようである。
 この一巻では、短句における「4・3」のこと、仮名遣いにちょっと実験した。「4・3」は、座り・語調の悪さから、『七部集』には皆無の韻律で、現代連句でもおおむね禁忌の部類に入る。しかし、であるからこそ、現代人の苛立ちを伝えるのには有効な素材ではないだろうか、という考えも当然出てくる。ここでもその意識をもってやっている。「4・3」は限定的に用いるからこそあがる効果のように思う。
 もう一つは、旧仮名遣いと現代仮名遣いの混淆。現代連句においても仮名遣いの統一は自明の作法になっているが、これもまた付味の追求、表現の拡大として選択肢の中に入れてみてはどうかとの実験精神を表してみた。今の段階ではこれは読者に受け容れられないかもしれない。
 “百韻船”の旅を楽しむ連句人がもっと増えてくれば、(歌仙にくらべ)百韻という形式はどれくらいやり残しがあるのか、又どのような可能性があるのかなど、もっと明瞭になっていくことと思う。        
2000.12.31
【矢崎藍】連句わーるどのめぎつねです。 蠍座 血液はB型  ♀
5人での百韻、ファックス文音は毎日どなたかの句がはいり、自分は4日もあくので、連載小説を読んでる気分です。博識のかたが多いので、途中の読み物もたくさんあって厚い本ができそうなFAX紙がたまりましたよ。地下鉄サムの懐かしい挿し絵をくださったのは魚乙さん。小粋な句がとんでくる丁那さん。パズルの絵はがきは小箔さんのイタリア土産でした(見て↓)付けも転じも、みなさんしたたかな遊びで、たいへん楽しかった。付け句には43もあるし、仮名遣いも各自の判断に任されました。お互いのもっている「常識」――つまりはいつものやりかた、ですね――が違っても、それに「従う」「統一する」ことをしないで、それぞれの納得のゆく連句にしようという連句です。それでけっこうバランスがとれていると思います。わがままな連衆を、むしろ楽しんでくださった健悟さんに感謝します。


*小箔さんが送ってくださったジグソーパズル絵です。            

「フランチェスコ・アイエツなんて画家をご存じでした? 小生寡聞にして知らず。ミラノの「ブレラ絵画館」でお初にお目にかかった。1800年代後半のイタリアの画家。この国の人には人気があるんでしょう、絵はがきにも結構なっていましたから。ブレラほどの名美術館が一室設けているくらいですから、知らないなんて言ったら追ん出されるかもしれない。それで、お上りさんよろしく買い求めてまいりました。
じーっと見つめているとーーーうん。いい絵だなあ。ね?ーーー」